■一
派手ないで立ちのお笑い芸人を思わせる、若くて小柄な「概念さん」が、肩で風切り、大股歩きで喫茶メタフィジックにやってきた。
店に入るや否や、「バッドさん、久しぶりやねえ」と堂々のため口。
呼びかけられたバッドさんは嫌がる風でもなく、「おや、コンセプト君じゃないか」と喜んでいる。
「久しぶりにバッドさんと議論したなって、来てもうた」とカウンターに席を取る。
真っ赤な派手なジャケットには一面にラメが入っている。首元には大きな蝶ネクタイ。
「こちら、グッドさんね。誰でもなんでも治しちゃう天才コンサルタント」と僕はバッドさんに紹介される。
派手なコンセプト君の前では、誇大な表現もちょうどよいように思えた。
「天才やなんて、僕と一緒ですねえ」と、彼はますます調子がいい。
どうも、はじめましてと、僕とコンセプト君は名刺交換をする。
「わたくし、コンセプトと申しますー」と「すー」を極端に強調して発音する。
「製品コンセプトととかのコンセプトですー。なかなか日本語になりにくいので、外人とよう間違えられんねんけどね」と一瞬間を置いて僕の笑いを待ち、「まあ『狙い』とでも訳してくるとええかな」と続ける。
「相変わらずわかりやすい格好してるなあ」とバッドさん。
「なんたって僕はコンセプトやからね。遠目からでもはっきりわからな。こうでないとコンセプトは務まらへんよ。僕がおらんと、製品開発でもサービス提供でも、てんでばらばらの活動になってまうやろ」と流ちょうな口上。
■二
コンセプト君は店内をきょろきょろ見渡して、「この店、相変わらずのノーコンセプトやね」と大胆発言。
「そうだろ。コンセプトを消すのに苦労してるんだよ」とバッドさん。
「ホンマに苦労してはんの? 自然にこうなったんちゃうん?」
「店主の思入れたっぷりの店なんて窮屈でいやだろ?」とバッドさん。コンセプト君の悪態には慣れているようだ。
「テーブルも椅子も、使い古しやし、ばらばらやん。揃えよう思わんかった?」
「揃えようとすると、必ずそこには意図が入るだろ? そういう押しつけがましい店は嫌いなんだ」
「それじゃ、今どきのおしゃれな店には勝てへんで」とちょっと胸をそらせた感じで強弁する。
「で、なんかあったのかい?」とバッドさんが話題を変える。
ほんの少しの間があった後、「最近、ちょっと行き詰っててな」と、言葉の意味とはうらはらに、あえて明るい声で言うコンセプト君。
「あんまりおもろないなあ、言われだしてん。お客さんの感覚とずれてるって・・・」
「前から、そんなに面白くねえだろ」とバッドさんの強烈なパンチ。
「いや、ホンマに。って、おもろないんかい!」と自虐で笑わせようとするが、寂さが漂う。
「売れてないんっすよ。新製品の売上が悪いんやけど、僕のせいやってことになってるんです」としおらしい。
「昔、バッドさんに、お前、もうちょっと気の利いた格好して来い!って怒られたこと思い出してな、それでここに来たわけや」
「そんなことあったけ?」
「何の話か忘れたけど、バッドさんならなんかアドバイスくれると思ってな」
「俺はもう、リタイア組だから、グッドさんにいろいろと調べてもらいな」
そんなことで、僕はコンセプト君の相手をすることになった。
■三
コンセプト君の勤め先は婦人服が主体のアパレル会社。よく知られている人気ブランドを運営しており、そのブランド「A」の中に、次の四つの製品ラインを持っている。
① ビジネスライン:ビジネスシーンに合ったスーツなど
② トラベルライン:旅行やアウトドアで着る機能的な服
③ カジュアルライン:リラックスできる普段着
④ パーティーライン:パーティーやデートで映える華やかな服
これらに加え、新たにリモートワークに適した製品ライン「ニューワークスタイルライン『N』」をつくった。ビジネスラインとカジュアルラインの中間を狙い、ゆったり切れるが、カジュアル過ぎず、ビジネスシーンでも違和感がない。家でのリモートワークが増えていくことに対応した製品だ。ところが、この「N」の売れ行きが芳しくない。
僕は、「N」に関して、コンセプト君がどのように見られているかを知るために、お客さんを訪ねて歩くことにした。
まずは、新製品ライン「N」の服を買った三十代の女性。もともと、ブランド「A」のファンであり、会員組織にも登録し、定期的に買い物をしてくれるありがたいお客さんだ。
「ああ、この服、リモートワーク用の服だったんですね。着やすい服だとは思いましたが、ただの部屋着だと思っていました。家で洗えてノーアイロンで着れて、今年流行りの形なので買いました。
言われてみれば、確かにリモワに便利ですね。もっとちゃんとアピールすればいいんじゃないですか。そういうのほしがる人、多いと思いますよ。
でも、リモワ用としては、まだちょっとカジュアルすぎるかな。もう少しビジネス寄りのシェイプにしてもよいと思います。いや、特に売り場の店員さんからも何も説明はなかったですね」
この意見はコンセプト君を喜ばせた。
「いやちょっと、グッドさん。リモートワーク用っていう僕のこと、ちゃんと評価されてますやん。ちょっと自信つきましたわ!」と浮かれ気味。
「確かにリモートワーク用という狙いはよさそうだね。でも、モノとしてちゃんとできているかどうかは疑問だな。店頭でのアピールにもつながってなさそうだし」と僕。
「せやねえ、せやねえ。あかんのは僕やなくて、モノづくりや売場の方やってんや」
「いやいや、そういう活動に展開するのも君の仕事だからね」と僕はくぎを刺す。
「僕まだ、控えめ過ぎたかなあ」と彼は調子に乗る。
■四
次のお客さんは、ブランド「A」を買ったのが初めてで、しかも新製品ライン「N」ではなく、既存の「パーティーライン」のシャツを買った二十代女性。
「『A』は知ってるブランドでしたが、買ったことはなかったと思います。今回買ったシャツはデザインがよかったんで。華やかで楽しい気分になりそうかなって。製品ライン『N』? そんなの知りませんでした。リモートワーク用というコンセプト? いや、私、リモワそんなにしないんで。するとしてもビデオはオフですから、家の中での格好は気にしません。リモートワーク用の服は必要ないですね」
今度の意見はコンセプト君をへこませた。
それでも強気に「そりゃ誰にもウケるわけではないからね。いろんなお客さんがおるから製品ラインを分けているわけで。それぞれの芸風ですみ分けられればいいんちゃう?」と言った。
「さっきのお客さんは『N』自体のコンセプトはOKだったけどモノや売り場展開に問題がある。でも、今回のお客さんは『N』のコンセプトが受け入れられていない」と僕は整理する。
「まあ、はっきり言えば、そうやな」
「たった二人のお客さんに話を聞いただけだけど、問題はどちらにあるのかを掘り下げていく必要があるね」
「そうやなあ、もっとお客さんのことを知らんとあかんね」
「そもそも、リモートワークって、どんな服着て、どんな気分でやってるんだろう」
「そこやねん。それがよう、わかってないねん。やっぱりそこから行かんとあかんかな?」
「もちろん。でも、作り手側がなにか前提にしていることがあるはずだよね。少なくとも、みんなが持っている情報を持ち寄って、その前提を明らかにすることから始めたらいいんじゃないかな」
■五
次は、コンセプト君が社員からどう見られているかを聞くことにした。
コンセプト君いわく、「これ、めっちゃ緊張するわ」とのこと。
まずは店頭の販売員。
「コンセプト君、はっきり言って最近あんまりおもろないなと。これまでの四つの製品ラインの違いも、正直よくわからなくなってますよね。ビジネスラインとトラベルラインの差もあいまいになってますし。飛行機乗って仕事する人はどっち?とか(笑)。また、カジュアルな格好で仕事をする人も増えてますよね。その中にまた『N』ラインでしょ。なんかマンネリ。ネタ切れかって感じですね」
これは、コンセプト君のそもそもの悩みそのものだ。
「せやねん、これやねん。なんか『N』にしても切れ味がないんやなー」
「社内であなたが理解されていないと、その先にいるお客さんにも伝わらないよね」
「いろいろと製品ラインをつくっても、なんかまた似通ってくるんやね。やっぱり僕が悪いんやろうか」
「問題は、コンセプト君がどうこうというより、結果として製品や売場がお客さんに飽きられてること。だんだんと似通った、自社の製品とも他社の製品とも違いがないようなモノが多くなっているのが問題だね」
「一発、新たなギャグを考えんとあかんのかな?」
「いやいや、奇をてらった一発ギャグは長続きしないでしょ」
「そうやな、それで散々痛い目にあってきたもんな」
さらに、商品企画チームのマネジャーにも話を聞いた。モノづくりの責任者である。
「製品ラインの定義はコンセプト君から示されますが、それだけじゃモノは作れません。彼、言葉ですからね。形にするのはこちらなんで。
マンネリ? 確かにそういう批判は聞いていますし、わたしたちも自覚はあります。でも、次々と新製品は作らないといけないんで、現実的に対応しないと。
表向きはコンセプト君は私たちの仕事の大前提だから尊重しますが、彼はまあ、ふわっとしたこと言っていればいいだけですからね。実際には材料を考え、原価を考え、工場での生産性を考えなきゃいけませんから。
コンセプト君に期待すること? そうですね・・・。僕らはいつも不安を抱えながら仕事をしているので、その不安を解消するように、もう一工夫何かしてくれるといいのですが・・・。
たとえば、商品企画会議のときにもっと顔を出して、ブランドや製品ラインの狙いを語ってくれるとか。それに、もっと彼と議論したいですね。モノづくりって、やりたいけどあきらめなきゃいけないこともたくさんあるから、その判断のときに彼の信念を聞きたいですね」
コンセプト君はしばらく黙り込んだ。
そして、「確かに、僕はあんまりみんなの前に出ていかんかったな。なんかオモロナイ言われるのが怖くてな」と言った。
「『これがコンセプト!』って社内では派手に振る舞ってるけど、自信なかったしな。デザイナーや工場から反論されるのが怖くて逃げてたかも知らん。『お前のいう、リモートワークって、どんなんやねん?』と言われても、よう答えられへんし」
「でも、みんなもっと関わってほしいって言ってますよ」
「せやね。それにじーんと着たわ。オレはこんなもんやない。ちゃんと筋が通ってるとこ、見せんとな」
■六
反省会と称して、まだ明るさが残る夕刻に居酒屋ののれんを二人でくぐった。
他愛のない話の後、コンセプト君が今日の本題に話題を移した。
「今日いろんな人の話を聞いてな、バッドさんの店、改めてようできてると思いましたわ。ノーコンセプトというコンセプトは上級レベルやな」とコンセプト君。
「コンセプトがないわけじゃないと思うけどね。でも、そのコンセプトはバッドさんの頭の中にだけあって、言葉にしているわけではない。あの店はバッドさんがわかってればいいから、言葉にする必要はないんですよ。まあ、僕みたいな性格だと、紙に書いて貼っとかないと気分がころころ変わって中途半端な店になるんだろうけど」
「言葉にしないコンセプトなんてあるんかな?」
「まあ、図やチャートで示すこともできるだろうけど、伝えるのが難しい。大勢の人に正確に伝えようとすると、やっぱり言葉。だから、コンセプト君は、社員が大勢いる会社にこそ必要なんだ。言葉にしないと足並みがそろわないからね」
「せやな。仲間が大勢いるから僕が必要ってことやね」
「そう、だから仲間ともっと関わって、彼らを揺さぶって、アイデアと行動を出してもらわないと」
「そこにインパクトが必要なんやね。ただ目立っておればよいというもんではないな」
「コンセプト君は、社員から見慣れちゃってるし、『こんな人』って決めつけられている。もっと社員をドキドキさせないとね。作り手や売り場の人の頭をガツンと刺激して、揺さぶってよ」
「昔からお決まりのラメのジャケットと蝶ネクタイやもんな」
「そろそろ脱ぎますか!」と僕はけしかける。
「せやね、ちょっと考えるわ」
「あっ、コンセプト君、変わったな。だったら自分も変わらなきゃな、と思わせなきゃ」
「ハードル高いなあ…」
「思い切って、新しい振り切ったコンセプト君を考えてみてよ」
「裸で登場とか?」
「ははは、そういうのもアリかな。でも、あんまりオモロないね」
「うわっ、グッドさんキツ!」
■七
数日後、どこかの国のお祭りみたいに、足に竹馬をつけた身長が3mに届きそうな人が喫茶メタフィジックにやってきた。背が高すぎるのでどんなにかがんでも玄関をくぐれず、バランスをとるのに四苦八苦しながら手前で立ち往生している。通りがかりの人は何事かと遠巻きに視線を送る。
僕は仕事の手を止めて外に出て、二階ほどの高さにある顔を見上げた。
「おや、コンセプト君!」と僕が叫ぶ。
「どうしたの?! でも、でかっ! どう見たって店には入れないよ!」
「やあ、グッドさん。ジャケット脱いで、オモロイ格好しよう思ってな」とコンセプト君がよろよろしながら大声で叫ぶ。
「僕、背ちっちゃいから、背の高い人にあこがれてんのよ。めっちゃ眺めええよ、これ」と言いながら、体の揺れがさらに大きくなった。
「グッドさん、もう限界や。下りるから手を貸して」
僕は手を思い切り上に伸ばし、ようやく彼の手に触れることができた。四苦八苦して靴と竹馬をつないでいるパーツをはずし、彼を肩車をするようにして、ようやく下におろした。
コンセプト君は息をついて、「どう、グッドさん、頭刺激された?」と言った。
僕は戸惑いを隠さずに、「いや、なんと、こっちの目立ち方に行っちゃったのか・・・」と言った。
「いやいや、冗談よ、これ。子供のときに遊んでた竹馬が納戸から出てきたんでな、芸人らしくちょっと驚かそうと思うて」と言った。
「え? コンセプト君、芸人だったの?」
「だから冗談やて。ちゃんとターゲットのお客さんを研究して、新たなネタを仕込み中やから安心して」
ひと騒動の後、ようやく店内に入ると、ニコニコしたバッドさんが出迎えた。
「その竹馬、これまでの中で一番面白かったぜ。おひねり代わりにコーヒー一杯おごるわ」とバッドさん。
「ありがとう! その言葉だけでうれしいわ」
バッドさんは、コーヒーを出しながら、「いろいろグッドさんに教えてもらったそうじゃないか」と言った。
「まあ、せやね。大変お世話になりました」と神妙なコンセプト君。
「やけに大人じゃねえか。でも、あんまり大人になりすぎないように注意してくれよ。コンセプト君は、絶対的に子供であるべきだと思うんだ。先にコンセプトがあって、後にそれをカタチにするという順番だろ。とすればだ。技術とかノウハウとか、そういう大人がまじめに築き上げるものの前にコンセプト君は必要なわけ。常にコンセプト君は、青くさい理想だったり、とんでもないアイデアだったり、大人になる前の子供なわけさ」
「子供は世の中の宝やもんな」と言ってコンセプト君は、コーヒーに砂糖とミルクをどぼどぼ入れて一気に飲んだ。
(了)